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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2719号 判決

控訴人 嶌寄源六

被控訴人 嶌寄ぎん

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、被控訴代理人において、被控訴人は本件農地の所有権取得につき所轄千葉県知事に対し農地法第三条第一項の許可申請をしたが、同知事は昭和三十二年十月十六日附をもつて、本件農地はすでに被控訴人の所有に帰しているから右法条の許可の対象とならないとして右申請書を被控訴人に下戻したものである、と述べ、甲第六号証の一ないし三、第七号証を提出し、原審における被控訴人本人尋問の結果を援用すると述べ、控訴代理人において当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果を援用し、甲第六号証の一ないし三、第七号証の成立を認めると述べたほか、原判決摘示の事実及び証拠関係(但し、控訴人の援用した証言中、「証人嶋寄清」の証言とあるのは「証人嶋寄絹」の証言の誤であり、又原判決添附目録記載(ロ)の地番が「一三九〇番の二」とあるのは「一三九〇番の一」の誤であることは原審記録に照して明かであるから各訂正する)と同じであるからこれを引用する。

理由

当裁判所の判断は、左の点を附加するほか、その余については原判決理由の説示するところと同じであるからこれを引用する。

一、控訴人は、被控訴人が別紙目録記載外二筆の農地の所有権を取得したのは、遺産分割によつてではなく贈与によつてこれを取得したものであるから、農地法第三条第一項の知事の許可を受けることを要するものである、しかるに被控訴人は右許可を受けていないから同条第四項によりその所有権移転の効力を生じないものである旨主張する。

この点について判断するに、亡嶌寄仁平が昭和二十三年十一月四日死亡したので、配偶者である被控訴人、直系卑属である控訴人、中村津也、金坂みよ、嶌寄好、斉藤とく、嶌寄清がその共同相続人となつたが、被控訴人は当時千葉家庭裁判所一宮支部に相続放棄の申述をして受理されたため被控訴人は右相続権を失うに至つたこと、及びその後右相続人である金坂みよ、斉藤とくの両名がその余の相続人である控訴人、中村津也、嶌寄好、嶌寄清の四名を相手方として同裁判所一宮支部に遺産分割の調停申立をしたが、被控訴人も利害関係人として右調停に参加し、同庁昭和二十六年(家イ)第二七号事件として調停が行われた結果、同年四月二十四日遺産分割の調停が成立し、右調停において被控訴人は別紙目録記載外二筆の農地を右相続人等から贈与されたものであることは、当事者間に争のないところである。そして成立に争のない甲第一号証、原審証人斉藤章一、斉藤とく、金坂みよ、嶌寄清、中村津也の各証言を綜合すると、右遺産分割の調停においては、前記中村津也がその共有持分を放棄したほかその余の相続人等において相続財産を分配することとなつたが、その際同人等の母であり被相続人の配偶者である被控訴人に対しても相続財産の一部を分配することとし被控訴人もこれを承諾したところ、被控訴人は、子供達の遺産争いの中には入りたくないというところから、さきに相続放棄の申述をして受理され相続権を失つた結果遺産分割の調停に当事者として参加する資格を欠くに至つたので、これを利害関係人として右調停に参加させ贈与名義をもつて相続財産の一部である右農地の所有権を被控訴人に取得させることとしたものであること及び被控訴人の右取得分は同人の本来の相続分の一部に過ぎないことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない(なお右農地の所有権を被控訴人に贈与するに当つて、いわゆる耕作権はこれを控訴人に留める趣旨であつた旨の控訴人主張事実の認められないことは、原判決に説明するとおりである)以上によつて考えると、被控訴人は本来亡嶌寄仁平の配偶者として直系卑属である控訴人等と共に共同相続人の一人であつたのであるが、さきに相続放棄の申述をして受理されたため相続権を失い従つて遺産分割の調停に相続人として参加する資格を欠くに至つたので利害関係人としてこれに参加し、その相続財産の一部である本件農地の所有権を贈与名義で取得したものであるから、被控訴人が本件農地の所有権を取得したのは、一般の贈与によつて右権利を取得した場合と異り、実質上においては相続放棄を撤回し遺産分割によつて右権利を取得した場合と少しも異らないのであるということができる。農地の所有権が遺産分割によつて取得される場合は、その権利の移転につき農地法第三条第一項の都道府県知事の許可を受けることを要しないものであることは同条第一項但書第七号の明定するところであるが、右のように贈与により農地の所有権を取得した場合であつてもそれが実質上遺産分割によりその権利を取得した場合と異らない場合においては、その権利の移転につき右農地法第三条第一項但書第七号の規定の適用を除外すべき実質上の理由はないものといわなければならないから、この場合においては右規定の趣旨に準じ同条第一項の都道府県知事の許可を受けることを要しないものと解するを相当とする。

従つて本件において被控訴人が贈与により本件農地の所有権を取得するについては控訴人主張の知事の許可を受けることを要しないものというべきであるから、右許可を受けないことにより所有権移転の効力が生じない旨の控訴人の主張はこれを採用することができない。

二、被控訴人は、昭和三十一年一月一日以降別紙目録記載の農地を耕作することにより得べき利益は一箇年一反歩につき金一万八千百十二円と主張する。この点につき判断するに、原審における鑑定人加藤時一及び金沢利治の各鑑定の結果を綜合すると昭和三十一年一月一日以降右農地の一箇年の産米収穫は合計二十俵(八石)、その価格は俵当金四千円合計金八万円、藁の収穫は千四百把、その価格は一把当金二円五十銭合計金三千五百円と認めるのを相当とするから、右価格の合計は金八万三千五百円となる。しかるに右収穫に要する肥料、農薬、労賃、農器具消却費、種子籾代等の必要経費はこれを多く見積つても合計金三万一千円と認めるのを相当とするから、差引収益額は金五万二千五百円、即ち一箇年一反歩につき金一万八千二百十円となることが計数上明らかである。右鑑定人等の鑑定の結果中にはそれぞれ右認定と多少異る点がないではないがその点はこれを採用しない。他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて被控訴人主張の前記利益額の計算は右の範囲内であることが明かである。

三、当審において新に提出された証拠について判断するに、当審における控訴人本人尋問の結果中当審及び原判決の理由において認定したところに反する部分は原審証人笠原忠太、斉藤章一、斉藤とく、金沢みよ、嶌寄清の各証言、原審及び当審における被控訴人本人の供述と対照すると到底これを採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上により原判決の認容した被控訴人の本訴請求部分は正当であつて本件控訴はその理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 村木達夫 山下朝一)

目録

(イ) 千葉県長生郡長南町大字坂本字利根里中一四二〇番の一

一、田二反四畝八歩

(ロ) 同町大字坂本字脇之谷一三九〇番の一

一、田一畝十八歩

(ハ) 同町大字同字同一三五九番の一

一、田二畝二十九歩

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